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2022/03/09 「経済安全保障」第1回 閣議決定までの経緯と、法案を構成する四つの分野

はじめまして。BIPコンサルタント(経済安全保障)の児嶋秀平です。よろしくお願いいたします。

私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。

このミニ講座では、現内閣の最重要政策の一つである「経済安全保障」を巡る動向と、それが企業に与えるであろうインパクト等について、元国家官僚としての私見を交えつつご説明したいと思います。

目 次

四つの分野で構成される経済安全保障法案

去る2月25日、政府は持ち回り閣議において、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」(以下、経済安全保障法案)を決定しました。政府は、今通常国会での成立を予定しています。

米中対立の激化の下で、中国への経済依存が大きい我が国が今後どのようなスタンスで対中経済活動を行うのかが問われています。また、ロシアによるウクライナ侵略という愚挙を受けて、対露経済活動についてもより一層の慎重さが求められるところです。さらに、国内においては南海トラフ地震、千島海溝地震、首都直下地震などの巨大地震の発生が差し迫っています。

このような我が国を取り巻く激動の国際情勢と極めて高い災害リスクに鑑みれば、今般の経済安全保障法案の閣議決定は、基本的には時宜にかなったものであると思います。

問題は、法案の内容が真に実効的であるかどうかですが、残念ながら本稿を書いている2月27日の時点で、法案の全文はなぜか公開されていません。しかし、これまでに政府が公開してきた断片的な情報から、その輪郭はある程度判明しています。

すなわち、経済安全保障法案は、以下の四分野で構成されています。

  1. 特許出願の非公開化
  2. サプライチェーンの強靭化
  3. 基幹インフラの安全性・信頼性の確保
  4. 官民技術協力

そして、これら四分野それぞれについて、国内企業の自由な経済活動に対する様々な規制と罰則が規定されています。

なお、報道によれば、この罰則をどの程度重く規定するかについて、政府与党内及び政府と経済界の間で慎重な調整が行われたようです。この調整過程で罰則が軽くなりすぎて、せっかくの経済安全保障の大義・趣旨が骨抜きになったりしていないかを、個人的には危惧しています。

以上を踏まえ、今回は、法案の全文が参照できないもどかしさを感じつつ、経済安全保障法案の閣議決定に至るまでの経緯をあらためて振り返ってみたいと思います。経緯を知らずして法案の中身を語ることはできないからです。

経済安全保障とは

「経済安全保障」とは、経済分野における国家の安全保障政策です。令和3年5月の自民党の提言においては、経済安全保障は「我が国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義されています。

感染症の世界的流行、大規模サイバー攻撃や国際テロ等により、国際情勢が一段と複雑化し、従前の想定を超えるリスクが顕在化し、国民生活・経済に影響を及ぼしています。また、AIや量子などの革新的な技術の研究開発を各国が進めるなど、安全保障の裾野が経済・技術分野に急速に拡大しています。

このような背景から、令和3年10月に誕生した岸田内閣は、経済安全保障をその重要政策課題として位置付け、担当大臣を設置することとしたのです。

経済安全保障推進会議で共有された認識

令和3年11月19日、岸田総理を議長とする経済安全保障推進会議が開催されました。政府の公開情報によれば、同会議においては以下について関係閣僚間で認識の共有がなされました。

1)世界各国が戦略的物資の確保や重要技術の獲得にしのぎを削る中、我が国の経済安全保障の取組を抜本的に強化することが重要である。
2)我が国が目指す経済安全保障政策の大きな方向性は、経済構造の自律性向上技術の優位性・不可欠性の確保国際秩序の維持・強化、の3点である。
3)今後、法制上の手当をすべき分野は、特許出願の非公開化サプライチェーンの強靭化基幹インフラの安全性・信頼性の確保官民技術協力、の四分野である。

以上を踏まえ、同会議において岸田総理は小林経済安全保障担当大臣に対し、関係大臣と協力して、経済安全保障法案策定の準備を進めるよう指示を下しました。

経済安全保障法制に関する有識者会議の提言骨子

令和3年11月26日、経済安全保障担当大臣によって産学の有識者からなる会議が設置されました(座長:青木慶應大学大学院教授)。有識者会議は、法制上の手当てをすべき四分野について議論を重ね、令和4年1月19日に「経済安全保障法制に関する提言骨子」を取りまとめました。

この提言は令和4年2月4日の経済安全保障推進会議に報告されて、法制化四分野は内閣全体の方針となりました。なお、この経済安全保障推進会議における各大臣の発言のうち、法案の内容を超えて注目すべきものは以下の通りです。これらの発言は当然、各官庁の事務方が検討を重ねた上で用意したものであるので、今後現実に進められる可能性が極めて高いと考えられます。

  1. 経済産業大臣:我が国が誇る頭脳が他国に引き抜かれていく事態を憂慮している。守りの措置だけでなく、戦略的な研究環境の向上が課題である。
  2. 文部科学大臣:守りを強調しすぎることで、研究者や研究現場が萎縮するようでは我が国の研究力・技術力にプラスにならない。
  3. 国家公安委員長:令和4年度には警察庁に「経済安全保障室」を設置して、先端技術情報の流出防止に取り組む。
  4. 岸田総理:経済安全保障は21世紀型のグローバル・ルールの中核となるもの。厳しさと複雑さを増す国際情勢の中で、我が国の安全を守り世界の成長を取り込むような国際ルール作りに取り組むべし。

1:特許出願の非公開化についての提言

次に、法制化四分野の内容を順に見てみましょう。今回は1番目の「特許出願の非公開化についての提言」と2番目の「サプライチェーンの強靭化についての提言」を詳しく見ていきます。
政府の公開情報によれば、「経済安全保障法制に関する提言骨子」において、法制化四分野のうち「特許出願の非公開化」については、概要以下のような提言がなされています。

  1. 我が国の安全保障上極めて機微な発明について、出願公開手続を留保するとともに、流出を防ぐ措置を講ずる。
  2. また、かかる発明について出願人等に情報保全を求め、実施制限等を行う。さらに、我が国への第一国出願義務を設ける。
  3. 非公開対象発明の選定は、核兵器の開発につながる技術及び武器のみに用いられるシングルユース技術のうち、我が国の安全保障上極めて機微な発明を基本とする。
  4. 非公開対象発明の選定は、二段階審査制とする。すなわち、特許庁において技術分野等により件数を絞り込み、新たに設置する専門的な審査部門が本審査を行う。
  5. 出願人等に求める情報保全については、その期間に上限は設けないが、例えば1年ごとにレビューして必要がなくなれば直ちに保全措置を終了させる。
  6. 出願人等に求める発明の実施制限については、製品から発明内容を解析されてしまうなど情報拡散の恐れのある実施のみ禁止し、それ以外は実施が許可される。
  7. 外国出願や発明内容の他者への開示は原則として禁止し、出願の取り下げも認めない。
  8. 出願人等の違反行為について罰則を定め、実施制限等の代償として損失補償を行う。

2:サプライチェーンの強靭化についての提言

また、政府の公開情報によれば、「経済安全保障法制に関する提言骨子」において、「サプライチェーンの強靭化」については、概要以下のような提言がなされています。

  1. 重要な物資の供給途絶は、国民の生命、国民生活や経済活動を脅かす事態に発展する。そこで、重要な物資の安定供給を確保するための取り組みを進める新しい制度を整備する必要がある。
  2. 新しい制度の下で、政府は民間事業者による事業活動をインセンティブ等で後押しし、その上で、民間事業者では対応が難しい場合には政府が前面に立って安定供給確保の取組を進めるべきである。
  3. 政府の措置は民間事業者の自由な経済活動を阻害してはならず、WTO協定等の国際ルールとの整合性に十分留意して実施すべきである。
  4. 新しい制度の対象となる物資は、供給が途絶すると代替が効かず甚大な影響が生じうる物資に絞り込むべきであり、国民の生存に不可欠な物資や広く国民生活・経済活動が依拠している物資を措置の対象とすべきである。
  5. 新しい制度は、重要な物資に加えて、その生産に必要な原材料や生産装置等も含めて、特定の国への依存の程度を考慮すべきであり、将来的に他国に依存する可能性も念頭におくことが必要である。
  6. 新しい制度は、多様な取組に対する支援を講じることができる枠組みとすべきである。多様な取組とは、生産基盤の整備、供給源の多様化、備蓄、生産技術の開発・改良、代替製品開発等である。
  7. 重要な物資の安定供給確保に向けた政府としての指針を策定し、対象物資の指定を柔軟に追加・解除ができるように機動性を確保すべきである。物資所管大臣が物資ごとに取組方針を策定すべきである。
  8. 民間事業者が安定供給確保に向けた計画を作成し、当該計画が取組方針に適合するかを物資所管大臣が判断すべきである。民間事業者のニーズに合わせた多様な支援とすべきである。
  9. 民間事業者による対応では安定供給確保が不十分な場合は、政府として国際連携、物資の備蓄、使用節減の呼びかけ等を行うべきである。また、政府の調査権限と事業者の応答を確保できる法的枠組みが必要である。

次回のミニ講座について

次回(4月中旬を予定)は、法制化四分野のうち、3番目の「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」と、4番目の「官民技術協力」についてご紹介します。また、欧米諸国の経済安全保障の取り組みについてもご紹介したいと思います。なお、その時までには法案の全文も明らかになっているかもしれません。その場合は、あらためて条文ベースでの分析と解説を試みたいと思います。

BIP株式会社は、「企業様と共に事業開発・経営改善に取り組み 第2・第3の成長を創るパートナー」であることをビジョンとしています。本ミニ講座では「経済安全保障」に関して、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指して連載を進めます。

以上

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『第2回 ロシア・中国への経済依存から脱却する方法と経済安全保障法案の概要 』

thumbnail_kojima児嶋 秀平(こじま しゅうへい)

弁理士 経済安全保障コンサルタント

このミニ講座では、急速にクローズアップされている「経済安全保障」を巡る法律の立案と関連する動向、それが企業に与えるであろうインパクト等について、私見を交えつつご説明していきたいと思います。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。多様な経験を活かして企業の皆様に貢献したいと思っています。

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