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2022/04/20 「経済安全保障」第3回 条文ベースの法案解説(第2章)特定重要物資の安定的な供給の確保

こんにちは。BIP株式会社・経済安全保障コンサルタントの児嶋秀平です。

私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。

この講座では、現内閣の最重要政策の一つである「経済安全保障」を巡る動向と、それが企業に与えるであろうインパクト等について、元国家官僚としての私見を交えつつご説明したいと思います。

前回は経済安全保障法案の序章「総則」を条文ベースで解説しました。今回は、第2章「特定重要物資の安定的な供給の確保」について見ていきます。

目 次

経済安全保障法案の国会審議は特に反発もなく進んでいる

本稿を執筆している4月17日現在、経済安全保障法案は参議院に係属されているところです。これに先立つ衆議院における審議では与野党間の目立った対立もなく、去る4月7日の本会議において自民党、公明党、立憲民主党、日本維新の会・国民民主党等による圧倒的賛成多数で可決しました。

国会外においても、7年前の安全保障関連法案の時のような「市民団体」等による抗議運動のようなものは、今回は全く発生していません。経済界の反応も極めて抑制的です。経団連と日本商工会議所等は3月14日、政府に対する提言書を公表しましたが、法規制に伴う企業負担の軽減についての具体的要請は無きに等しい扱いでした(https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/025.html)。

このように経済安全保障法案の国会審議が順調に進んでいる背景としては、ウクライナ情勢による日本国民のロシアに対する危機意識の急速な醸成とその広範な共有によるところが大きいでしょう。ロシア軍によるウクライナ市民に対する戦争犯罪・ジェノサイドは今もエスカレートするばかりであり、停戦の気運は失われつつあります。前回の講座で予測したように、この戦争が長期化することは確実な状況です。

あまつさえ、ロシア海軍は日本海における示威活動を活発化させています。4月14日には潜水艦からの巡航ミサイル発射という蛮行に及びました。ロシアの暴走はもはや日本にとって他人事ではないのです。

このような状況の下で、日本国内には政府が経済安全保障政策を強力に推進することに対して異論を唱えるべき合理的な理由もその雰囲気ももはや皆無です。したがって、経済安全保障法案の国会審議は、参議院においても特段もめることなく、条文の修正もなく原案通り、早ければ大型連休前にも粛々と可決成立するでしょう。

漠然とではなく条文ベースで正確に理解することが重要

以下、前回の講座に引き続き今回も、経済安全保障法案の内容を条文ベースでご紹介したいと思います。

なぜ条文にこだわるのか。現在、経済安全保障法案がマスコミ等で取り上げられる場合でも、条文に即した解説を行っているものは私が知る限り見当たりません。しかし、経済安全保障法はメリットとデメリットの両面において日本企業の活動に大きく影響する法律です。そして、法律は条文に書いてあることが全てなのです。

条文に何が書いてあり、何が書かれていないのか。その正確な理解なしに企業が経済安全保障法案の内容を漠然と理解した気分でいるのは危険なことです。この講座がその危険を除去する一助となれば幸いです。

なお、今国会に提出された経済安全保障法案(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案)の全条文は、内閣官房のウェブサイトに公開されています(https://www.cas.go.jp/jp/houan/220225/siryou3.pdf)。第2章の内容は6ページ以降に記載されています。

第2章「特定重要物資の安定的な供給の確保」は全9節で条文数が最多

経済安全保障法案は全7章です。そのうち第2章「特定重要物資の安定的な供給の確保」は全9節で構成されており、国民の生存や、国民生活・経済活動に甚大な影響のある物資の安定供給の確保を図るため、特定重要物資の指定、民間事業者の計画の認定・支援措置、特別の対策としての政府による取組等を規定しています。

経済安全保障法案
第一章「総則」(第1~5条)
第二章「特定重要物資の安定的な供給の確保」(第6~48条)
第一節:安定供給確保基本指針等(第6~8条)
第二節:供給確保計画(第9~12条)
第三節:株式会社日本政策金融公庫法の特例(第13~25条)
第四節:中小企業投資育成株式会社法及び中小企業信用保険法の特例(第26~28条)
第五節:特定重要物資等に係る市場環境の整備(第29~30条)
第六節:安定供給確保支援法人による支援(第31~41条)
第七節:安定供給確保支援独立行政法人による支援(第42~43条)
第八節:特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資(第44~45条)
第九節:雑則(第46~48条)
第三章「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保」(第49~59条)
第四章「特定重要技術の開発支援」(第60~64条)
第五章「特許出願の非公開」(第65~85条)
第六章「雑則」(第86~91条)
第七章「罰則」(第92~99条)
附則(第1条~11条)

第1章は「総則」でした。続く第2章から第5章までが、今回の法案で創設される4つの新制度についての規定です。

これら新制度のボリュームを条文数で見てみましょう。第2章は42条、第3章は10条、第4章は4条、第5章は20条です。必ずしも条文数が制度の重要度を反映するものではありませんが、第2章は、第3章から第5章までの合計よりも多くの条文数で構成されています。したがって、第2章を理解すれば経済安全保障法案の約半分を理解したといえるかもしれません。

法案第2章:第1節(安定供給確保基本指針等)

第6条は、政府が特定重要物資の安定供給確保に関する基本指針を定めること、及び基本指針は閣議決定を要すること等を規定しています。第7条は、特定重要物資の定義、及びその指定を政令で行うことを規定しています。

第7条に規定する特定重要物資の定義は、次の通りです。「国民の生存に必要不可欠なもしくは広く国民生活もしくは経済活動が依拠している重要な物資(プログラムを含む)又はその生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置もしくはプログラム(以下「原材料等」という)について、外部に過度に依存し、又は依存するおそれがある場合において、外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止するため、当該物資もしくはその生産に必要な原材料等(以下「物資等」という)の生産基盤の整備、供給源の多様化、備蓄、生産技術の導入、開発もしくは改良その他の当該物資等の供給網を強靭化するための取組又は物資等の使用の合理化、代替となる物資の開発その他の当該物資等への依存を低減するための取組により、当該物資等の安定供給確保を図ることが特に必要と認められる」物資です。

以上はかなり冗長な規定ですが、特定重要物資には有体物だけでなくコンピュータプログラムを含みうる点、今は外部に過度に依存していなくても将来そのおそれがある場合を含みうる点で、可能性として漏れのない規定になっています。また、必要な取組として、供給網(サプライチェーン)強靭化と依存低減のいわば二正面作戦で安定供給確保を図ることを明らかにしており、十分に考えられた定義だと思います。

第8条は、第6条の安定供給確保基本方針に基づいて、各大臣が特定重要物資ごとの安定供給確保取組方針を定めることを規定しています。

法案第2章:第2節(供給確保計画)~ 望まれるBCPの普及促進

第9条は、民間事業者が特定重要物資の供給確保計画を作成し、特定重要物資を管轄する主務大臣の認定を受けることができることを規定しています。第10条は事業者による計画変更、第11条は大臣による認定取消、第12条は事業者から大臣への定期報告義務を規定しています。

この第2節の規定により、政府が民間事業者による特定重要物資の安定供給確保の取組を確実に把握し、第3節以下の様々な支援措置を講ずることでコントロールするスキームが構築されているのです。

ここで、第2節の規定により民間事業者が策定する供給確保計画においては、「BCP」がその大きな柱の一つとなるでしょう。

BCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃等の緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段等を取り決めておく計画です。供給網の強靭化はBCPなくして実現しないと言っても過言ではありません。

ちなみに私は、平成16年から平成18年にかけて、中小企業庁において日本の中小企業へのBCPの普及に取り組んだ経験を有します。ただ現在においても、BCPは当面の売上向上に直結するものではない等の理由から、中小企業への普及は現在においても大企業ほどには進んでいないのが実情です。

しかし、国内においてサプライチェーンを構成する個々の主体は大企業ではなくむしろ数多くの中小企業です。したがって、サプライチェーンを強靭化する観点からは、BCPは中小企業にこそ必要なのです。経済安全保障法の支援措置によって、大企業のみならず中小企業へのBCPの普及が劇的に進展することを、個人的にも強く期待したいと思います。

なお、私の事務所はBCPを公開しています(https://www.kojima-ip.com/bcp)。

法案第2章:第3節(株式会社日本政策金融公庫法の特例)

第13条は、主務大臣が「供給確保促進円滑化業務等実施基本方針」を定めること、及び、同方針に日本政策金融公庫による民間事業者に対する金融支援について定めること、第14条は公庫が公庫法に縛られずにこの支援業務を行えること、第15条は、公庫が「供給確保促進円滑化業務実施方針」を定めることを規定しています。

ここまでやたらと「◯◯方針」が登場してそろそろ混乱しそうですが、理にかなった規定ではあります。

第16条から第18条は、公庫とともに民間事業者を支援する民間金融機関の指定について、第19条は公庫と指定金融機関との協定について、第20条から第25条は主務大臣による指定金融機関の監督等について規定しています。

第3節の規定は、日本政策金融公庫がいわゆる「ツーステップローン」を行うための根拠となります。

法案第2章:第4節(中小企業投資育成株式会社及び中小企業信用保険法の特例)

第26条は支援対象となる中小企業の定義、第27条は中小企業投資育成株式会社による投資支援、第28条は中小企業信用保険法による保険及び保証支援を規定しています。

第3節及び第4節を法的根拠として、特定重要物資の安定供給確保に取組む民間事業者は、手厚い金融支援を受けることができるのです。

法案第2章:第5節(特定重要物資に係る市場環境の整備)

第29条は、複数の民間事業者の供給確保計画について、主務大臣が公正取引委員会に意見を求めることを規定しています。この規定により、民間事業者が突然独禁法違反に問われるリスクが回避されるのです。

第30条は、不当に安く輸入されている特定重要物資について関税調査をすることを規定しています。特定重要物資の海外依存度を低減するための規定です。

法案第2章:第6節(安定供給確保支援法人による支援)

第31条は、安定供給確保支援法人が特定重要物資ごとに指定されること、第32条は指定の公示、第33条は法人の規程整備、第34条は法人が基金を設置し、その基金に国が補助金を交付することを規定しています。第35条から第41条までは主務大臣による法人の監督規定です。

第6節に規定する安定供給確保支援法人としては、「一般社団法人◯◯工業会」のような業界団体が特定重要物資ごとに指定されることが想定されます。業界団体の基金に国費を流し込むスキームの利点は、国家予算の単年度主義の制約が緩和されるので、まともに運用されれば、多くの民間事業者に対するより柔軟な支援が実現できるという点にあるのです。

法案第2章:第7節(安定供給確保支援独立行政法人による支援)

第43条は、第6節の各条文を準用し、第6節のような指定を独立行政法人が受けることを規定しています。

第7節に規定する安定供給確保支援独立行政法人としては、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が指定されることは必定でしょう。前回の講座で指摘したように、ロシア及び中国依存から脱却する上で、エネルギーと希少金属の安全保障は我が国経済安全保障上の最も重要かつ喫緊の課題であり、JOGMECはまさにその課題に対応することを目的として生まれた独立行政法人だからです。

ちなみに私は、平成18年と平成27年の二度にわたり、JOGMECの総務課長と総務部長を務めました。この経験から、JOGMECが政府の付託に応えられる十分な意思と能力と体制を持つ組織であることを知っています。今回の経済安全保障法によってJOGMECの機能がさらに強化されるなら、いちOBとしても喜ばしいことです。

法案第2章:第8節(特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資)

第44条は、第7節までの措置では不十分な特定重要物資については、主務大臣が国家備蓄を行うことを規定しています。第45条は備蓄施設の管理規定です。

現在、原油は94日分、液化石油ガス(LNG)は50日分、希少金属は42日分が国家備蓄されており、いずれも上記JOGMECが適切に管理しています。経済安全保障法によってこれら国家備蓄物資の備蓄量や対象鉱種がより充実することでしょう。この他、新型コロナワクチン等の重要医薬品の国家備蓄の実現も期待されます。

法案第2章:第9節(雑則)

第46条は主務大臣への関係機関の協力、第47条は国の資金確保の努力、第48条は主務大臣による立入検査等を規定しています。これらは、第2章の規定を実効あらしめるための担保規定です。

経済安全保障法案第2章には政府の本気度が反映されている

以上が、経済安全保障法案の第2章「特定重要物資の安定的な供給の確保」の内容です。私としては、特定重要物資の定義の広さと指定の柔軟さ、民間事業者に対する支援措置の手厚さ、さらには国家備蓄の明示等により、経済安全保障にかける政府の本気度が十分に反映された規定になっていると評価します。

したがって、第2章の実際の成否は、このような政府側の熱い思いに民間事業者がいかに共鳴し、いかに前向きに応えられるかにかかっていると言えるでしょう。

なお、第2章の施行期日は、「公布の日から起算して9月を超えない範囲内において政令で定める日」(附則第1条)です。経済安全保障法の公布日を本年5月とすると、その9か月後は来年2月となります。この間に、特定重要物資の指定や各支援措置の実施のための準備作業が、政府内において着々と進められることでしょう。

次回のミニ講座について

次回(第4回)は、経済安全保障法案の第3章以下について、引き続き条文ベースで解説します。また、その頃には法案は可決成立しているでしょう。成立した経済安全保障法を巡る国内外の情勢についても必要に応じフォローしたいと思います。

BIP株式会社は、「企業様と共に事業開発・経営改善に取り組み 第2・第3の成長を創るパートナー」であることをビジョンとしています。この講座では「経済安全保障」に関して、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指して連載を進めます。

以上

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thumbnail_kojima児嶋 秀平(こじま しゅうへい)

弁理士 経済安全保障コンサルタント

このミニ講座では、急速にクローズアップされている「経済安全保障」を巡る法律の立案と関連する動向、それが企業に与えるであろうインパクト等について、私見を交えつつご説明していきたいと思います。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。多様な経験を活かして企業の皆様に貢献したいと思っています。

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