佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション

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2008/05/13 創立20周年ネットワンシステムズ(株)の学術的研究の第一歩

―日本ベンチャー学会誌・岸田伸幸氏論文に思う-

 日本ベンチャー学会誌「ベンチャーズ・レビューMarch 2008」が4月に自宅に届きました。早稲田大学MOT研究会の岸田伸幸氏の論文『ネットワンシステムズの企業改革と経営サイクル』が掲載されています。今年創立20周年を迎えたネットワンシステムズ(株)に関する学術的文献(研究ノート)は、おそらく初めてだと思われます。情報通信業界や金融業界では自明の同社であるが、学会や一般国民には余り知られていない。私は、前職のネットワンシステムズ(株)(以下 NOS)時代から、ベンチャービジネスの実践と合わせて日本ベンチャー学会の正会員として10年以上研究交流活動を行っております。
論文の簡単な紹介と読後感を記します。


1.論文の主な研究対象は、成長と企業改革の密接性に着目
 岸田氏は、NOSの事例研究の背景について、「NOSは1989年に国内初のシスコ独占代理店となったが、独占権は、1993年に切れた。その後の成長は、大企業、VB、外資系と新規参入相次ぐ中で達成された。その過程では、先端的主流顧客を重点に積極的に能力を拡充し、業態転換を含む企業改革に再三取り組んだことが重要だった。」と述べている。

 更に、「NOSは21世紀迄に、三度の大きな経営改革を実施しつつ成長した。第一の改革は、1993/3期の赤字決算後の改革である。第二の改革は、1999/3期の大幅減益を踏まえた店頭登録後の改革である。第三の改革は、近年の業績頭打ちを見越して東証上場後に進めた改革である。本稿では、NOSの急成長期に焦点を当てるため、主に第一・第二の改革について論ずる。」と、成長と経営改革が密接であったと指摘している。


2.NOSの事業展開と企業改革の要旨
  岸田氏は、第一の改革について、「3つの改革」と指摘している。
「1.ビジネスモデルの改革:その要点は、次の3点。A.事業領域の拡張と変更・・B.直販化・・C.ハイエンド顧客に集中。・・」
「2.組織構造の改革:・・営業と技術を一体化した顧客業種別の事業部に再編し、・・」
「3.経営構造の改革:役員間の意思疎通を密にし、事業の迅速化と実力相応の権限委譲のため、縦割りの部課長制を廃しグループチームリーダー制を布いた。人事面では、資格と職能を分離した。経営参加意識を高めるため、社員向けの決算賞与制度を導入した。」

「企業改革に成功し増収増益を重ねたNOSは、1996/10株式店頭登録を果たした。」民間大企業、大学などを対象とした、ネットワークインテグレーション(略称NI)事業というビジネスモデルの日本最初の創造成果であった。

 第2の改革は、ISP(インターネットサービスプロバイダー)市場の出遅れからの挽回と短期の圧倒的市場獲得である。「NOSは、・・1999/3期に再び増収減益となった。・・・NOSは、出遅れたアクセスサーバ市場を挽回する為大幅な組織改革を行い、大手キャリアを総合的に担当する専任部署の設置を決め、NTT担当と、その他のキャリアの担当の、2事業部を新設した。キャリアは既往の法人顧客と比べて品質要求が格段に厳しく、常時100%障害のない、大量のトラフィック処理を求められた。NOSは品質管理体制強化のため、2000/4にキャリア向け保守業務を、シスコ、三菱電機系のメルコムサービスと3社合弁でネットワークサービスアンドテクノロジーズ(株)として別会社化した。」
 ISPビジネス成功の要因として、上記の他、3点を指摘している。
「1.ハイエンドルータでの先進性・・・。2.シスコ製品取扱での優位性・・・。3.公開会社の利点・・・特に大企業や政府・公共団体との取引面で、事業拡大に貢献した。人材獲得面の効果も大きかった。」

事業部制の高度化とグループ経営戦略等によって、ISP対象としたNI事業モデルの成功である。ISP事業は、3年で数百億事業に急速成長した。今日NOSは約1100億の事業高であるが、ISP事業は、電力・公共・CATV系ISPを含めると、50%を越える最大の事業領域と思われる。ISP市場という巨大な新しい事業機会に果敢に挑戦し成功したことによって、ネットワークインテグレータとして日本一の地位を築いた。


3.岸田氏の分析概念―「試験研究を軸とした3重リンク」と[遊星歯車型構造」
 テクノロジー企業の分析の重要な要素が技術面の評価である。岸田氏は、「市場(顧客)と技術(製品)情報とのリンクに着目した、NOSの活動の概念図」を考案している。
 まず、技術面での特徴を3点指摘している。

 第1は、VB投資である。「NOSは成長を最優先して、新市場や新技術へ積極投資した。シリコンバレーでの、多数のVBに投資している。有価証券報告書で確認できるものだけでも、1996/3~2002/3の7年間で計19社の外国企業株式を保有している。」

 第2は、技術の思想について的確に分析している。「NOSの改革を導いた思想に特徴的なのは、先端技術に固執せず、主流をめざす発想である。機能的に優れた先端技術が、即主流になるとは限らないと考え、主流顧客が採用する技術が主流になると考えた。」

 第3に社内の試験研究体制の充実、特に顧客視点でのシステム研究に注目している。「NOSは、新機器や新規格標準等の、顧客先で想定される諸環境での試験研究に注力した。」

 その上で、「特徴的なのは、川上と川下の双方のリンクの間に試験研究活動を軸とした社内のサイクルが介在し、3重リンクを形成している点である。」

第一のリンクは、川上(シリコンバレーのネットワーク関係VB)とNOSの間のリンク、第二のリンクは、NOS内部のPDCAリンク(「遊星歯車構造」を持つ経営サイクル)、第三のリンクはNOSと顧客の間のリンク(市場とのフィードバック関係)、からなる連鎖のことである。3重リンクは、優れた分業型サプライチェーンに普遍的なものと考えられますが、その中の第二のリンクを「遊星歯車構造」で動かした点が、NOSの成功の秘訣ではないかと分析している。

  [遊星歯車型構造」という言葉は、なじみが少ないので岸田氏の説明を引用する。

「総じてNOSの企業改革は、変化する市場の高度化する要求に、競争優位性を保ちつつ組織対応する、NOSの経営サイクルの一環と考えられる。この経営イクルには、比喩的に表現すれば「遊星歯車型構造」が観察される。健全な企業には、概ねPDCAの経営サイクルがある。またこの試験研究は、仮説・実験・検証の実証的サイクルに則り行われる。NOSでは、これらのサイクルを緊密に重層化し、経営意思決定に連環させた点が特徴的である。つまりVB投資→マーケテイング戦略→SI業務→・・の事業サイクルを外周の内歯車とし、経営中枢の思考実験サイクルを中心の太陽歯車に据え、両サイクル間を、多数の試験研究活動の遊星歯車が、自転しつつ公転する構造である。」


4.ネットベンチャー第一世代であるネットワンシステムズ(株)に学術的研究の光
 岸田論文の意義と今後への期待について3点述べたいと思います。
第1は、日本の経営学研究における学術的先端事例研究への実績である。日本のベンチャー研究は、事例研究が最近少しずつ増えているのは喜ばしいが、依然として大変貴重である。特に岸田氏の論文は、ネットベンチャー第一世代であるNOSが、世界、日本のトップ大企業との競争に勝利し、インターネットをすべての人にもたらしたインフラ構築のネットワークインテグレーションというビジネスモデルを創造した経営の本質についての初めての学術的研究として意義が大きいと思う。

その意味で、岸田氏が企業のリアリテーに正面から向き合って先覚的に取り組んだ研究姿勢、内外の理論研究に裏打ちされた凝縮した論文に敬意を表する次第である。更に多くの方々の研究や交流が続き、多面的で普遍的な知を生み出し、ベンチャー事業に関連する多くの方に貢献をして頂きたいと願っている。

第2は、NOSの企業改革をイノベーションの理論モデルの観点から考察していると思われる点である。論文では、「経営サイクルとイノベーション」という結びになっており、チェーンリンクトモデル、その発展としてのステップ&リンクモデル、「そして、同モデルを構成する様々なアクターに、自立的な維持発展をイノベーションエコシステム(以下IECS)が注目されている。」と紹介し、「本事例の経営サイクルは、IECSの中で競争優位性を築く方法論を示唆している。」と記述している。

当時、経営の現場にいた者の意識としては、日米の経営理論の徹底的研究によるオーソドックスな優れた点の応用と、常に新しい事業開発と経営方法の創造への渇望と実践の連続という思いである。当時、シリコンバレーのハイテクベンチャーとの交流と経営理論創造実践から受けた刺激は大きいが、ベンチャー経営の特別な理論や特定の先輩の模倣ということはなかった。
その意味で最近のイノベーション理論の成果を踏まえた視点の考察は、興味深い。一度、最新理論を教授頂きながら、広く意見交換してみたいものである。成功した実績の中に、理論創造の宝庫がある。

第3は、二ケタ持続的成長企業の本質に関する考察である。岸田論文では、「グラフ1 NOSの業績推移」をのせ、7年間30%前後の二ケタ成長に焦点をあてており、おそらく紙面の関係で直接言及していないが、その本質に興味をもったと思われる。

本論文では、持続的急速成長のエンジンとしてのアントレプレナーシップ、組織DNA、企業改革の中心人材について、「結局、一貫してNOSの経営を担ったのは、・・プロパー役員達・・であり、NOSは外資系と転職組を糾合したVB経営だった。」と短いが強く明快な記述が印象的である。岸田氏は、広いキャンバスにすでにデッサンを書き始めていたのではないか。少なくとも鋭く獲物を逃さない嗅覚と博学な理論モデルとの格闘の中で勝利しつつある自信が感じられる。今後の展開が楽しみな若手研究者である。

最近、二ケタ持続的成長企業に関する数年間の実証的学術研究の成果が発表されつつある(シドニー・フィルケンシュタイン、チャールズ・ハーベイ、トマス・ロートン『ブレイクアウトストラテジー』日経BP社)。また、「企業30年寿命説」という製品ライフサイクル中心の議論は少なくなり、100年企業の持続的成長としてGEやトヨタ等がビジネス雑誌で特集される時代になっている。

 (附記)岸田氏の論文を私的研究として所望する方は、その旨を明記し、お問い合せフォームまたは佐々木宛に連絡願いたい。
 以上

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