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2008/10/27 エコノミストランキング6年連続第1位の著書が語る経済の真実

―読書の秋 日本を元気にする100年の視野と智慧、勇気を求めて(最終回)―


 今回は、みずほ証券株式会社・チーフマーケットエコノミストである上野泰也(うえのやすなり)氏の著書『デフレは終わらない』(東洋経済新報社2008年5月)を紹介します。氏は、債券・為替を中心としたエコノミストであり、「日経公社債情報」エコノミストランキングで2002-2007年に6年連続1位を獲得するなど高い評価を得ている。

 私は、エコノミストは経済の専門家に留まるだけでなく、それを国民や企業人、メデイア、政治等に分かりやすくガイドするオピニオンリーダーの一人だと考えています。“BIエッセイの読書の秋”シリーズの最終回に、経済の専門家の語る真実に触れたいと思いました。

この著書は、2007年秋から年末にかけて執筆したという。その後の経済が上野氏のほぼ予測通りに推移する現実に、深く頷くのは私だけではないと思われます。一流のエコノミストらしく、一級の内外客観資料が豊富である。事実から真実を語っている。

(1)『まえがきに代えて-経済を見誤ると人生を見誤る』

(同書1ページ)
 著者のキーメッセージである。一見、刺激的な言葉であるが、本によくある修飾語ではない。若い社会人を対象に、更に主婦・年金生活者・経営者・マーケット関係者の方々にもわかりやすく、生活や経営に直結する経済の真実を語っている。

 そのポイントは、“マスメデイア報道を経済の真実と信じる”と“人生を誤る可能性があるよ”との警告である。著者の意図は、マスメデイア批判ではないことは、あとがきで懇切に説明している。新聞大好き少年だったという。情報の送り手にバイアス(偏り)があるのは必然であり、マスメデイア報道への無批判の態度を改め、自覚的に経済に対する情報武装が人生において極めて重要だと説いている。

(2)『第1章 デフレは終わらないー日本経済の本当の現状と未来予測』


 ■ 「デフレが終わりこれからはインフレ」は、本当か? NOである。
 マスメデイアが報道するインフレ到来説の背景は、原油価格と原材料・食料高騰である。ところが、日銀短観の「国内での製商品・需給判断DI」は、大幅なマイナスが継続している。

『最近言われているインフレ圧力は「国内発ではなく」「食品・エネルギー以外の部分には輸入を通じた価格上昇圧力がほとんど及んでおらず」「国内の需給環境に応じた価格形成には引き続きデフレ色が強い」ということである。』
(同書24ページ)

『原油や穀物など原材料コストの増加という、供給面の理由からの物価上昇圧力(コストプッシュ型の物価上昇圧力と呼ぶ)は、需要の増加を伴わない場合には、その影響は限定的かつ一時的なものにとどまる。なぜなら、価格が上昇することによって需要が減少し、これが結果的には価格を押し下げる力になるからだ。』
(同書29ページ)

■ 「戦後最大の景気拡大」は本当か? NOである。
「景気」の言葉の定義(つまり意味)が、政府・日銀と個人では違うと教えてくれる。
 政府の「月例経済報告」・日銀の「金融経済月報」の景気指標は、製造業の在庫循環を基本にした指標が中心である。
 個人の景況感の判断は、日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によると、“自分と家族の収入状況から”が断然トップであり、個人の景況感は、ずっとマイナスが続いている。

■ 「このまま雇用の売り手市場が続けば賃金は上昇する」は本当か? NOである。
 日銀は、2007年10月発表「経済・物価情勢の展望」の中で、「労働市場の需給がさらに引き締まっていけば、徐々に上昇圧力が高まっていくと考えられる」と述べているが実際はどうか。

 雇用者数は、総務省の「労働力調査」、賃金は内閣府の「GDP統計の雇用者報酬」から分析している。雇用者数は、1997年から2004年まで横ばいで、2005年半ばから増加に転じている。雇用者報酬は1997年から2004年に右肩下がりが続き、2005年から増加に転じているが「単価」は上がっていない。国税庁の「民間給与実態統計調査」の給与総額は、1999年以降8年連続で減少している。

『数年前、筆者はある経済雑誌に寄稿した。その中で、雇用の「数」は改善していくとしても、「単価」すなわち1人当たりの賃金は伸び悩みが続くだろうし、両者を掛け算した賃金全体の総額は今後も増えにくいだろうと予測した。実際に起きたことは、そのとおりであった。』
(同書56ページ)

(3)『第2章 金利は上がらない~株・金利・為替・地価はこう動く』


■「ゼロ金利は異常で金利は上昇するのが正常」は本当か? NOである。
長期金利(債券相場)は、過去10年間ほど「2%のカベ」を超えない。

『最も大きな理由は、日本経済がデフレを脱することができず、物価上昇に弱い金融資産である債券が引き続き運用対象として魅力を有しているからである。その象徴とも言うべき統計数値が、名目GDP(国内総生産)がプラス2%の線をなかなか超えられないことだ。』
(同書82ページ)

実質GDPは、デフレで「水膨れ」しがちなので、名目GDPで評価すべきであると言う。政府・日銀、マスメデイアも実質GDPを前面に出す傾向があり、注意が必要であると警告する。

■「ドルと並ぶ基軸通貨として有望なユーロは上昇し続ける」は本当か? NOである。
 私も、ここ数年ヨーロッパ旅行を楽しんでいるが、ユーロ高を実感した。どこまで上昇するのだろうか。この間のドル安ユーロ高の多くは、「金利相場」で説明できると言う。

 『ECBは、ユーロ圏のインフレ抑制を優先する強気の立場を崩していない。だがそのインフレ懸念についてであるが、ユーロ圏のほうが米国よりも信用不安が深刻と見られること、米国など海外の景気減速が波及してくることなどを考えると、着実に抑制されるだろう。』
(同書96ページ)

(4)『第3章 それでも日銀は利上げを急ぐ~経済政策の裏事情と有効性』


■ 「本当に日銀は、早く利上げをすべきなのか?」 NOである。
『日銀内では昔から、利上げは「勝ち」、利下げは「負け」とみなす風潮があるという。』(同書146ページ)
と述べ、「金利調整」とは「利上げ」という志向の強い日銀の考え方の根拠に疑問を呈している。

 まず、日銀は政策運営として「フォワードルッキング」(予防的対応)で行うべきとされている。ところが、その政策委員の大勢見通しと結果を比較すると、見通しは当たっていない。日銀の利上げの理由のように経済は動いていない。
特に、消費者物価の財とサービスの内、ウエイトの高い内閣府のユニットレーバーコスト(単位当たり労働コスト)は弱い数字のままである事実に注意を喚起する。

(5)「第4章 デフレ時代、私ならこうする~これからの政府、国民の取るべき道」


■生活設計への提言
『一言で言うと、「機会の平等」を優先して経済活力を高めようとする構造改革の流れはこれからも変わらず、したがって「格差」は存在し続けるということだ。であるならば、激しい競争に負けないように日々努力するしかない。』
(同書205ページ)

■資産運用への提言
 前提として、
『働いている人の場合、仕事が「主」であり資産運用は「従」だということである。』
・・・(略)・・・
それでも足りない場合、たとえば小説を書いて賞に応募してみるとか、何か趣味や特技を生かして金銭メリットに結びつけてみるのだ。できる範囲で副収入の道を探るのである。』
(同書212ページ)
という基本態度が必須である。
 その上で、
『運用についての提言としては、「期待の振れ」を見極めることの重要性を強調しておきたい。マーケットの世界は、雰囲気(センチメント)の大きな変動を伴うのが常である。日々の取引の中でも、その日と次の比較でも、あるいは数カ月、数年といった期間についても、強気から弱気へ、あるいは逆に弱きから強気へ、セントメントは大きく振れる。』
(同書213ページ)

■経済政策への提言
 「人口を増やす政策」を最も重要だと述べている。

『一つだけ間違いなく言えることがある。それは、一国の経済というのは文字通り「人」あってのものだということだ。』
(同書228ページ)
 『筆者は、出生率を少しでも高めるためには、児童手当にせよ所得税の控除にせよ、金銭面での負担を大幅に軽くすることに加え、一定以上の従業員規模を有する会社に託児施設の設置を強く促すような措置が必要でないかと考えている。』
(同書223ページ)
 また、
『移民あるいは外国人労働力の積極的な受け入れも必要になってくる。』
(同書226ページ)

(6)追記


上野泰也 『虚構のインフレ』(東洋経済新報社)が2008年10月23日出版された。紹介した『デフレは終わらない』の続編であると共に、特に供給面から「インフレの時代」到来説への反論であると言う。併せて、理解を深めて頂きたい。

以上

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