佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション

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2011/08/01 災後、大人の流儀探究-理性と感性の間で人間はどうあるべきか?! ―坂村健『不完全な時代-科学と感情の間で』を読んで―

3.11大震災後を「災後」という。

日本人の大人は、地震、津波、原発、電力、円高、政府等の「複合連鎖危機」の解決を迫られています。

しかし、まもなく災後5ケ月を迎えるが、被災地の懸命の努力の一方、復興の動きは遅く、原発対応、エネルギー政策は混迷し、経済財政再生の方向も確立しない。個人、企業等の災害復興への支援の広がりの一方、日本全体の将来への不透明感は、明るい「希望」でなく暗い「不安」のバイアスが増加する社会病理を拡大させているような新たな危機感も抱くようになりました。日本の明るい未来、希望の共有にはどうすれば良いのでしょうか?

私は、もう一度原点に立ち返って、大人はどういう科学や感情を身につけ、どう考え、どう行動すべきであるかという基本的姿勢を考えることが大事だと思うようになりました。公的組織はもとより、あらゆる組織、企業、団体のリーダーは、特にその責任と役割があります。災後、大人の流儀探究とはそういう意味です。

週末、坂村健『不完全な時代-科学と感情の間で』に出合い、早速読みました。TRONで世界を変えた著者による災後日本への提言に満ちています。

大人の流儀として、「科学と感情」、「理性と感性」の間で揺れ動く不完全な現代人間社会に対してどう向き合うか、どういう生き方をすべきかを探る良書だと思います。私の問題意識を刺激し、考える素材を提供して頂いたと思っています。十分な解説はできないかもしれませんが紹介します。是非皆様にも読んで頂き、一緒に考えるキッカケになれば幸いです。
参考資料

【1.坂村健東京大学大学院情報学環教授-日本発の世界的OSとなったTRONを設計。】

坂村健東京大学大学院情報学環教授は、情報通信の世界では知らない方がいない程有名ですが、ご存知ない業界の方も多いと思いますので、著書略歴を紹介します。

1951年生まれ。東京大学大学院情報学環教授、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。
専攻はコンピュータ・アーキテクチャ(電脳建築学)。日本発のモノの中に組み込むオープンなコンピュータ・アーキテクチャであるTRONを設計し、プロジェクトのリーダーとして活躍。現在、TRONはユビキタス環境を実現する重要な組み込みOSとしてデジカメや携帯電話の電波制御、プリンター、自動車のエンジン制御コンピュータとして世界で幅広く使われています。日本では50%の占有率を占める事実上の標準となっている。また、最近では情報家電、家具、住宅、ビル、都市、ミュージアムなど広範なデザイン展開を行っています。

【2.米国は、文系・理系のダブルメジャーがゴロゴロいる。日本は2つを統合した文化を持たないのが弱み。】

著者の目次には、論点が本のタイトルに繋がる問題意識が表現されています。科学と感情を一体で統合して考えよという厳命です。先進国のリーダー、国民はそれ位当然の時代であるという認識です。

「本書はいくつかのコラムからなる。各コラムは「シュークスピア」に代表される「感情」と、「熱力学の第二法則」に代表される「科学」を両端とするスペクトラムの中に位置づけられる。副題の『科学と感情の間(はざま)で』というのはその意味だ。また各章ではその章の中でメインとなっている対立軸を章題として挙げた。」

第1章 教養と実用、第2章 制度と技術、第3章 感情と合理、第4章 世界と日本、第5章 国家と個人、第6章 文化と科学、第7章 努力と保障

【3.他人任せにせず自分の頭で科学的理解のもとで判断すること-民主主義国家の日本国民の義務】

科学技術文明の進歩の結果、江戸時代と比して「人工の自然」が飛躍的に増加した。科学技術教養が必須である。「一般教養」とは、人間性を豊かにする知識に狭小化するのではなく、国民が政策決定に対し自発的に判断できるのが第1義であると述べています。

「そう考えた場合、科学技術に関する正確な知識は決して避けて通れない。さらに言えば、その科学を切っても切り離せない健全な懐疑主義-知識の一方的詰め込みでなく、お仕着せの結論を疑い積極的に情報を集め自分で考えるという姿勢」の必要を強調しています。メデアリテラシー、情報リテラシー持った日本人形成ということもできるかもしれません。

日本の現状には相当の危機感を感じ、厳しい表現を発しています。

「今回の3.11においては、ニュースを伝える側にも受け取る側にも-さらには残念なことに政治家にも、明らかに科学的な教養レベルの低さに起因する混乱が多く見られた。ことここに至って、どうしても「これと比べたら公教育の中でこちらの優先順位は低い」という議論を避けて通れないところまで来ていると思う。」

そもそも社会は複雑な問題に溢れたところである。それを単純化してはいけない。難しい問題を難しいと理解し、なお咀嚼(そしゃく)する知的体力が日本に求められていると強調しています。

今、緊急の課題である電力の問題の論点も述べています。重要なのはピークカットだが、ピーク自体もなだらかにするのが良い。しかし、これは「省エネ」とは必ずしも同じではない。詳細は読んで頂きたい。

【4.日本に欠けているのは技術力でなく、やり方を変える勇気である】

ETCという身近な課題での制度と技術の紹介も面白い事例である。「高速道路の無料化」の可否を超える社会的解決策がすでに世界には存在している。

シンガポールはETCでなくERP(エレクトリック・ロード・プライシング)と呼ばれている。完全義務化している。ゲートのバーも不要。ゲートの設置も保守も安くなる。不埒モノは罰金。システムは日本製でうまくいっているそうです。シンガポールは高速道路専用の課金ではない。一般道路含めて「混雑してくると課金」という制度設計。渋滞解消ひいては環境保護の決め手として考えている。

環境保護という時代になって「道路利用は無料が前提」は今や世界的には見直すべき前提になったという。高速道路の本家アウトバーンすら商用トラックのERPを義務化し、各国で一般車や一般道の展開が検討されている。本来日本はETCで先頭に走れる立場にあるが・・・。

【5.ツイッター時代=ライフログからソーシャルログの時代】

ツイッターは、私も2月から始めて5ケ月となります。課題も多いが有用性と可能性が高いと私も思います。詳細は省略するが、注目すべきはデジタルネイティブ世代のプライバシー感覚の変化である。
プライバシー保護は安全の重要な項目ですが、その変化への指摘に注目した。

「ネット時代のプライバシーの意味は、「他人に知られない」ことより「自分の情報がどう流れているかを各自が把握し管理できる」ことの方に重点が移っている。プライバシーの外部化、さらにネット化も気にならない時代。その時代のライフログは個人の側ではなくソーシャルログの一部として実現してしまうのである。」

【6.制度設計のプロを育てることの重要性~修羅場の体験をさせよ】

最近、日本企業が海外企業に負けている分野をみると技術力というよりはビジネスモデルの差であることが多いと再三多くの方が述べるようになった。ではどうすべきか。

「技術も大事だが、それと同程度かそれ以上に、その技術を社会につなげるための制度設計が重要だ。日本を「イノベーションを盛んに起こる国」にするのは、イノベーティブな理工系の人材だけでいいはずがない。日本の錚々たるAVメーカーのソニーが、米国のコピュータメーカー・アップルの音楽プレーヤーiPodに圧倒的な差をつけられたのも、決して技術が後っていたからではない。流通方式の改革とかネットワーク時代の著作権をどう考えるといった制度的問題で差をつけられた、というのが実際だ。

その意味で、将来の制度設計のプロである文系の学生を鍛えることは、イノベーションにとっても非常に重要だ。しかも、このグローバル化の時代には外国の人たちと丁々発止でやりあえる力の必要。そう考えると、サミットのような国際政治の現場に学生を放り込んで、プレスルームでプロの各国記者たちにもまれながら独力で情報収集させる、というのはいい訓練になるだろう。

最近、実感しているのは、人間のコミュニケーション能力というのは結局「踏んだ修羅場の数」ということだ。国際学会に行ったら、予約したホテルがないとか-いろいろひどい目にあった学生ほど帰ってくると成長している。

考えてみればサミットに学生を送り込むというアイデア自身がイノベーション。」

【7.新しい安全の哲学を-「絶対安全は存在しない」】

多発した何度かの大事故を教訓に、世界的には既に1999年のISOガイド51の改定で「絶対安全は存在しない」と明記された。

「そこで「絶対安全」亡き後の安全の概念として掲げられたのは「機能安全」。「機能安全」とは、一言でいえば、システムに100%の安全を求めない――求められないという考え方。安全も速「度」や精「度」と同じように、「機能」として実装し安全「度」で図るべきスペックの一つだということだ。・・・

システム全体の安全度を上げるため、各構成要素の真の安全情報を引き出し把握する――そのためには「絶対安全」という考え方を捨てる――それが数々の大事故から学んだ教訓なのだ。」

【8.大人の流儀~「複眼二刀流の新サムライ」】

現代社会はそう単純ではないことを以下整理しています。

「科学の評価軸はある意味単純だ。見果てぬ夢である「正しさ」に向けて、少しでも近づこうというプロセスが科学の本質であり、「より正しく(らしく)世界を記述できたか」ということが唯一の評価軸である。

しかし、その次の技術以降になるとすべて「~と~」という複数の評価軸を持つようになる。科学プラス応用が技術だが、その評価軸は「リスクとベネフィット」。・・(略)・・経済はその技術に市場をプラス。評価軸にはさらにコストとプロフィットが加わる。・・(略)・・そして、その経済に感情というさらにやっかいなものが加わるのが政治だ。感情の評価軸には、公正や道徳、習慣や文化といったものだけでなく、見知らぬ危険を過大評価するような認知バイアスといった脳の仕組みまで絡んでくる。」

では、どうすれば良いのか。そのメッセージも明確です。

まず、科学者についてこう述べています。

「科学から得られる知見には常に限界がある。しかし、社会は科学者に結論を求める。その中で「私は絶対とはいわない」と言うが、それだけでは自分に対して誠実なだけで人に伝える努力を逃げている。さらにいうと最後の判断が経済的なもので、さらに社会に納得させなければならない以上、科学の側も経済の言葉で語れるようにすべきだった。・・(略)・・特にアシモフやグールドやセーガンなどの、「二つの文化」に通じた優秀なサイエンスライターが社会と科学の間に存在しないというのも日本の問題だろう。」

政治家、国民は「感情優先」でないかと自分を疑う力が必要という。曖昧な言葉に容赦しない。

「政治が経済プラス感情という営みという意味で「人の命は地球より重い」という美しい言葉も感情の言葉だという自覚が必要だ。もし本当に「人の命が何より大事」というなら「発ガン率上昇について本人2シーベルト、受動禁煙でも0.1シーベルト相当」という「たばこ」は即刻禁止されるべきだろう。「人の命より重いもの」として「個人の自由」などを考えるから「たばこ」は社会的に許されているのであり、結局は「すべての何より大事」という絶対的なものはない。すべてを天秤に載せて判断していることに変わりはない。」

「科学者でない側も身につけるべきは「科学力」というよりは「合理的に判断する力」だ。・・(略)・・疑いながら生きるのは大変だが、放射能や新型インフルエンザなどの「新規の脅威」に感情で適切な判断をするのは不可能だからだ。皆がそういう「感情を疑う力」を身につけていないで不適切な政治家が出てくれば、簡単に「感情優先」のポピュリズムの社会になってしまう。

そして判断するにあたってはやはり理科的な基礎教養、経済的な基礎教養が求められる。具体的には少し考えても、ベイズ統計、認知バイアス、リスク管理、道徳哲学の基礎といったものはぜひ義務教育に盛り込んでほしい。」


私は今年の新年に当たり、完全に意を同じくしてはいないが、著者と同じ基本姿勢を「複眼二刀流」という言葉で述べた。そして、そういう大人の流儀を身につけた日本人を「新サムライ」と呼んでみたのである。(詳細は>>BIエッセイ2011/01/04 『2011年新春にあたり “新サムライ 複眼二刀流で 未来拓く” 』

「あの激動の時代に、大政奉還という国のカタチの大変革を――黒船の助けはあったとはいえ自ら最小限の犠牲で成し遂げた明治の先人に負けてはいられないのである。」

以上

(参考文献)
1.坂村健『不完全な時代-科学と感情の間で』(角川ONEテーマ21新書 2011年7月 初版)
2.佐々木昭美 BIエッセイ2011/01/04 『2011年新春にあたり “新サムライ 複眼二刀流で 未来拓く” 』

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thumbnail_sasaki佐々木 昭美(ささき あきよし)

取締役会長 総合研究所所長

経営コンサルタント(経営改善、事業開発、ビジネスモデル、 人事戦略、IPO、M&A、社外取締役)

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